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東京高等裁判所 昭和49年(ネ)1764号 判決 1975年10月27日

控訴人 二渡嘉一郎

右訴訟代理人弁護士 金井厚二

被控訴人 井出友次郎

右訴訟代理人弁護士 町田繁

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は、「原判決を取り消す。被控訴人は、控訴人に対し七四八万九、〇五三円およびこれに対する昭和四二年一二月二二日より支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決ならびに仮執行の宣言を求め、被控訴代理人は、控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の主張および証拠関係は、次のとおり付加するほか、原判決事実摘示と同一であるから、こゝにこれを引用する。

控訴代理人は、次のとおり述べた。

一、控訴人の避難逃走行動は、当然考えられる極く当り前の行動である。

1、控訴人と約五メートルの距離の地点にいた乳牛がいきなり控訴人目掛けて追ってきたのであるから、控訴人が身の危険を感じて咄嗟に安全な場所に逃げようとするのは、誰しもがする当り前の行動である。この場合牛が西から東に向って追ってきたのであるから、控訴人が東に逃げたのは、また東に牛小屋があったので、僅か八メートル位走ってその裏側の牛の追ってこない狭い場所へ逃げ込もうとしたのもまた極く当り前の行動である。この北の方(居宅の玄関内)あるいは南の方へ逃げることも考えられるが、いずれも牛に近づくことになって危険である。

2、結果的に牛が三・五メートルの距離を追って止まり、それ以上追ってこなかったとしても、後向きの人間が八メートル位逃げるのは当り前であるし、人が逃げたから牛がそれ以上追ってこなかったともいえるのである。これを牛が途中で止まった結果的なことだけを取り出して人がその前に逃走をやめておけというのは、常識を逸脱するものである。

また、身の安全のため牛との間を物理的に遮ぎるため控訴人は牛舎の裏に入ったのである。そして控訴人は、安全な場所に入って数一〇メートルの場所や数分も経ってから石垣から落ちたのではない。牛小屋の裏に身体が入ってその場で瞬間的に桑の木につかまろうとして足を踏みはずして落ちたのである。そして牛小屋の裏側の石垣上の幅は約八〇センチメートル位しかなかったので、足を踏みはずして落ちたのは、控訴人にも若干過失があるとされることがあっても、通常の因果関係がないとは到底いえない。

なお、石垣の高さは、三・一メートルである。

二、以上のとおり控訴人が牛に追われてとった避難逃走の行動は、当時の状況下では誰しもがとったと考えられる極く当り前の行動であり、相当因果関係のある行動である。

被控訴代理人は、次のとおり述べた。

一、乳牛が控訴人を追い掛けた事実はない。控訴人は、井出ハナノ、瀬谷たまの前を声も立てずに忙しげに便所の方に行ったので、便所にでも行くのかと思っていたところ、便所と牛舎の間に入った。

そこは人の通るところではなく、控訴人がもし乳牛がこわければ、傍にいた井出ハナノ、瀬谷たまに声をかけるなり、被控訴人の居宅内に入るなりできた筈である。

≪証拠関係省略≫

理由

一、当裁判所も控訴人の本訴請求は理由がないと判断するものであって、その理由は、次のとおり付加、削除もしくは訂正するほか、原判決理由の説示と同一であるから、こゝにこれを引用する。

(1)  原判決六枚目表九行目「検証」の前に「原審および当審における」を、同行括弧内「一、二回共」の前に「原審は」を、右括弧の次に「の結果、原審および当審における」をそれぞれ加える。

(2)  原判決六枚目裏三行目「午後五時頃」の次に「(日暮時であったが、まだ明るかった。)」を、同八行目「他の一頭の乳牛」の次に「(以下本件乳牛という。なお、右乳牛は、二才牛で、肩までの高さおよび体長は、いずれも三尺三、四寸位の大きさであった。)」をそれぞれ加える。

(3)  原判決七枚目表四行目「右庭の中央付近」の次に「の控訴人の位置から約五メートル位の地点」を、同六行目末尾に「その時、被控訴人は、前記本件乳牛を牛舎に追い込むべく、前記庭の東北にある牛舎の横木を外すため、同牛舎の前付近におり、またその母ハナノは、夕食の準備にとりかかるため家の中に入っていた。」をそれぞれ加える。

(4)  原判決七枚目表五行目「約三・五メートルの間」を、同八行目「約三・八メートル」を、同一〇行目「約三・三メートルを」をそれぞれ削り、同末行「二メートル余」とあるを「三・二メートル」と、同七枚目裏二行目「約一・五メートル」とあるを「三、四メートル」とそれぞれ訂正する。

(5)  原判決七枚目裏一行目冒頭「つきあた」の次に「り、こゝまで逃げれば牛は追ってこれないと気付いたが、さらにそこから」を加え、同行「るので」を削り、同二行目「行き」の前に「走って」を、同五行目末尾に「本件乳牛は、前記地点から約三・五メートルの間を走ってとまり、それ以上は追ってこなかった。一方控訴人の逃走距離は、前記地点から両牛舎の間のところまで約三・八メートル、そこから牛舎裏の石垣まで約三・三メートルの計七・一メートル、さらに牛舎裏の石垣の上を三、四メートル走った。」を、同一〇行目末尾に「控訴人は、牛舎の裏に身体が入ってその場で瞬間的に桑の木につかまろうとしたと主張するが、右主張の当をえないことは前叙のとおりである。」をそれぞれ加える。

(6)  原判決八枚目裏四行目「建っていたのである。」の次に「控訴人が本件乳牛が追いかけてくると考えて前記の如く東北東方向へ逃走したのは、周囲の地形、状況からみて当然の行動であり、さらに逃走に夢中になった余り、本件乳牛が三・五メートル以上追いかけてこなかったことに気付かなかったのはやむをえないとしても、前記石垣につきあたる地点まで逃げのびれば、もはやそこまでは牛は追ってこれないのであるから(≪証拠省略≫により容易に推認しうる。)、本件乳牛からの危険を逃れるためには右地点までの逃走で十分である。控訴人としても、もはや本件乳牛が追ってこれないことに気付きながら、そこにとゞまることなく、さらに高さ三・二メートルの石垣上の幅八〇センチメートルの狭まいところを約三、四メートルも、しかもその間を走ったのであって、控訴人がかゝる不必要ともいうべき行動をとった合理的理由を見出し難い。」を加える。

二、よって原判決は相当であって、本件控訴は理由がないから、これを棄却することとして、民事訴訟法第三八四条第一項第九五条第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 岡田辰雄 裁判官 小林定人 野田愛子)

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